もたもたでも自由で軽い

ぼちぼち走ってはいます。
主に墓地を。

この頃公私ともに、自分で考えているだけでは解決しない種類の悶々とする事柄が多い。
もうすぐ禿げるかもしれない。
それでも、悶々としながらランニングシューズをはいて坂を上って、
突き当たりのいつもの公園墓地に一歩踏み入れると、自由だ。

大きく息をつく。
顔が笑う。

私はどんな基準で考えても決して優れたランナーではない。
ないが、走るのは好きだ。
歩いていて体が重くても、走りに切り替えるととたんに軽くなる。

今日は仕事を定時に切り上げて、職場の近くの川沿いをはしった。
ランニング用品一式は常備しているのだが、
今日はそもそもランニングシューズをはいていたので、
着替えだけしてそのままの靴で。

軽い軽い。
何だこれ。
同じ靴なのに、やっぱり走ると軽いんだよ。

川沿いは色んな花が咲いていて、
登りたい岩も何箇所かあって、
ボートを練習する人たちの様子も目に涼しく(本人たちは暑いのだろうが)、
"On your left!"と声を掛けながら追い越していくサイクリストの尻も素敵で、
なかなか楽しい道中でした。

そんなわけで、相変わらずはしってます。
もたもたと。

読み散らかし11月

もう少し頻繁に書かないと、多分毎回何冊か抜けてる。

Sharon Kay Penman "Lion Heart"
英国王リチャード一世の物語。歴史フィクションは主に4人の作家のものを追って読んでいるが、それぞれにスタイルが違う。Penmanのやりかたの好きなところのひとつは、人物像の描きかただ。単純な悪者なんかどこにもいない。それは完璧な善人と同じくらい不可能な存在だ。知らないから、知ろうとしないから、または知ると都合が悪いから、人は他人を単純な悪者だということにする。ということを、彼女の作品を読むといつも思う。

Gabriel García Márquez "One Hundred Years of Solitude"
これは、私などがいまさら言うのもアレだが、凄かった。
無機物が、有機体に圧倒されていく。
閉鎖されたコミュニティが、外の世界から離れて、つまり「孤独」に営みを続ける話なのだと思っていた。
途中で気がついた。コミュニティだけじゃない、そこに現れる誰もが孤独なのだった。

初代のホセ・アルカディオ・ブエンディアが亡くなるシーンを読んだ直後にNYを歩いていたら、空から黄色いものが沢山降ってきて、私はしばし足を止めて口をぽかんとあけたまま空を見ていた。どうも、NYにはよくある、ビルの屋上の植木から落ちてきた枯葉だったようなのだが、それがわかるまで私はマコンドに引きずり込まれたような気持ちがした。この本にはそういう力がある。

Sharon Kay Penman "Time and Chance"

Henry IIとEleanor of Aquitaineの物語。
まだ序盤なので感想はいずれ。

Philippa Gregory "Earthly Joys"
King James Iと King Charles Iの物語。うちの近所のスーパーの出口に、古本交換所みたいなものがある。不用になった本を置いていってもいいし、読みたいものがあれば1ドル置いてもらってくる。たまったお金は「ファンドレイザー」に使われると書いてある。やや怪しいが(笑)、たまに掘り出し物があるので買物の度に覗いてくる。本との出会いもタイミングだしね。これはそういう風にして見つけた本。

これもまだ序盤なので感想はいずれ、にする。
Gregory の描く人物は、Penmanのそれが全体に思慮深くて思いやりのあるトーンになるのに比べて、頭の回転の速い、情熱的なトーンになる傾向がある、と思う。どちらがいいというより、好みの問題ではあるが。

Mary Roach "Stiff: The curious lives of human cadavers"

これはですね、少々ミーハーな動機で手に取りました。笑
好きな俳優さんがインタビューで、今読んでいる本として紹介していたので。
これも読み始めたばかりで、ひとまず出だしは、寄贈された献体の頭部が、形成術の練習に使われている場面から始まっている。ううむ、題材は面白いんだけれど、どちらかというと全く分野外の人に向けて書かれているという感じで、今のところ電車で時間つぶしによむにはいいか、という印象かな。

JRR Tolkien "The Fall of Arthur"
え?ええ、まだ。笑
古い英語の部分をよむのは一苦労なのだが、音読すると解決したりするのが面白い。
昔の英語はスペルが定まっていなくて、耳で聞いたように書く傾向があるとどこかで読んだ。
大体こんな調子だ。

'for I am sure', sayde the kynge, 'whan he hyryth telle that sir Gareth is dede he wyll go nygh oute of hys mynde'. 'Merci Jesu,' sayde the kynge, 'why slew he sir Gaherys and sir Gareth? For I dare sey, as for sir Gareth, he loved sir Launcelot of all men erthly.'



読み返してみた本一冊。
川上弘美「どこから行っても遠い町」
私の人生の今の位置にちょうどしっくり来る作品だと思う。
つい数ヶ月前に読んだ時よりも、いま強くそう思う。
この数ヶ月で年をとったのかもしれない。
川上さんの文章には紬の着物のような美しさがあって、寄り添っていてほっとする。
一緒にいる人もそんな風がいいと思うのは、やっぱり年を取った証拠かもしれない。

初フルマラソン

2013フィリーフルforblog

いよいよフルに挑戦してきました。
ま、正直なところ、「曲がりなりにも自力でゴールした」というだけの成果でした。
今回の目標は「完走」だったので、達成したという解釈もできれば、「お前大分歩いたからダメ」という解釈もできます。ゼッケンを取りに行く段階で渡される「26.2」(マイル)のシャツを一応後ろめたいことなく着られることと、完走メダルをもらえたのはようございました。

レース前に少々水を飲みすぎてスタートからまもなくトイレにいきたくなったり、いつもならトラブルの出ないようなかなりの序盤からスティッチ(走っていて脇腹などが痛くなることですが、日本語ではなんていうの?)が出たりで、ストレッチがてら一旦休まなければならなかったりで色々ケチのついた始まりでしたが、自分以外誰も悪くない。(ランニングの好きなところのひとつは、大抵何があっても自分以外誰のせいにも出来ないところだ。)
その割には、というよりむしろだからこそ「まあ目標は完走だし」と開き直ったのか、楽なペースを保ちつつ景色を楽しむ余裕もあった。前半は去年のハーフマラソン(←リンク)と同じコースなのにやっぱり目新しくて、私ほどきょろきょろしていた地元の人はそういなかったのではないかと思われます。笑

そんなこんなで所々歩いてしまったのですが、あと4マイルを残すところで脛がつってそれがおさまるまで道路わきの草地に寝転んでのた打ち回ることになり(脛なんてつったの初めてで、どうやったら治るのか分からず押したりひいたりしていた。ああ痛かった。)、そのあとは再発を恐れてしばらく徒歩にしました。最後1マイル半ほどを何とか走りに戻してゴール。全体に情けない経過でもゴールが近づいた時は結構じーんと来た。うちで最も運動音痴だった私が、家族が誰もやっていないフルマラソンをやったのはやっぱりちょっとしたアチーブメントだ。

去年応援に来てくれた「一緒に走るはずだったのに申し込みが間に合わなかった友達」は、今回私に乗せられてやはり初のフルで参加したのですが、会場ではお互いを見つけられず。終わってから携帯に「きつかったわー」とメッセージが来ていた。一度で沢山だそうです。笑

私は1週間ほどたっぷり休んだら、来年に向けてまた調整を始めますよ。
フルを走ったらくたびれはててもう沢山だと思うかな、実際そういう友達もいたし、と走る前は危ぶんでいたのだが、やる気満々だ。

来年どうしよっかな。NYCとかハワイという手もあるんだけどな。
ロンドンは4月でもう締め切っているので行くなら再来年だし。
でもボストン(←ある程度早い記録がないとそもそも申し込めない)は遠いわ。笑

読み散らかし10月

前回の「読み散らかし」の最後で言及したバーナード・コーンウェルのサクソンシリーズ最新作 "The Pagan Lord"は、予告どおりイギリスのアマゾンから購入してあっという間に読み終わりました。一年ほども待った恋人との逢瀬も、たったの二晩床を共にするのみ。ああ。次の出版までまた2年かな。シリーズの最初では子供だった愛するUhtredは、ついに今回で私の年を越えました。多分次がシリーズ最後です。

Umberto Eco "The Name of the Rose"については、色々思うところあるのでいずれ改めて書きます。読み終えたあとで映画版を観た。ブラザー・ウイリアムの魅力について友達に語っていたら、「映画では誰が?」「ショーン・コネリー。」「それはずるいぞ。」ははは、それもそうだ。

一方で前回までの「読み散らかし」にいつまでもあるJ.R.R.Tolkienの "The Fall of Arthur"と"The Lord of the Rings"はまだ進行中のリストに。
え?まだ?
ええ、まだ。

さて、追加分。
Leonie Frieda "Catherine de Medici: Renaissance Queen of France"
「中世の歴史好きだったら、これ好きだと思うわよ、ちょっとドライだけど。」と友達がずいぶん前に貸してくれたもので、ほったらかしだったすいませんすいませんすいません。それきり会っていないので返す機会もなかったのだ。読み終えたらハイキングにでも誘おう。

A.C. Clarke "The Hammer of God"

これ(←リンク)ですね。大昔クラークばかりむさぼり読んだころに読んでいるのだが、少し前に友達とSFの話になってまたクラークが読みたくなったのだった。はじめの方に、中央コンピューターが「必然的に」デービッドと名づけられている、というところがあって吹き出した。

Gabriel García Márquez "One Hundred Years of Solitude"

日本語版の紹介はこちら(←リンク)。
クラークの本と共に昨日配達されたのだが、箱を開けて手にとったら、嬉しいサプライズだった。
テクスチャーがとても好き。水彩画につかうものみたいなでこぼこした厚手の紙に、タイトルが圧されている。表紙の下のほうの鮮やかな絵もいい。アメリカの本にはよくある側面のカットが不ぞろいな装丁もいい。(日本の本だと、不ぞろいがある場合は上側なんですよね。)しばらく変態みたいに本を撫で回してため息をついてしまった。写真だと伝わりにくいと思うのだけれど、こちら。
側面
paper texture
表紙
front.jpg

本は、一番大事なのはもちろん文章だけれども、それだけではない、姿、手触り、全体あっての本なのだ。
なので、キンドルは便利ではあるけれども不完全なのです。私にとっては。



ファイヤー・マーク・ハンティング(パート2)

(パート1はこちら

わかってますわかってます、まだファイヤーマークの写真がひとつも出てきてません。笑
パート1はフィラデルフィアの観光案内でした。(えらい偏ったやつ。)

さて、化学博物館を出て、まだビールの回ったぼんやりした頭でいよいよファイヤーマークを探します。
確実にあるとわかっている建物がひとつだけあるのだが、その建物がどこだったのかがあやふやだ。
カーペンターズホール
ここに、これから探すべき主なファイヤー・マークが二種類展示してあるのだ。(画像クリックして全体を見てください。)
twosigns.jpg

左の4つの手のマークはThe Philadelphia Contributionshipという会社のもので、通称「ザ・ハンド・イン・ハンド」とよばれている。1752年に、ロンドンの保険会社をモデルにベン・フランクリンが消防士らと設立した、アメリカ合衆国最古の成功した保険会社だ。(参考資料
右の木のマークは、1784年設立のThe Mutual Assurance Companyのもの。こちらにも通称があって、「ザ・グリーン・ツリー」と呼ばれる。この会社は、The Philadelphia Contributionshipが「傍に木がある建物には保険を出さない」という決定をしたことを受けて設立された。この会社は、木が傍にある建物にも保険を提供した。
なぜ木にダメがでたかというと、当時の消火ホースは曲がらない金属のパイプだったため、木に囲まれた建物の消火は難しかったから、ということのようです。燃えるから、とかじゃなくて。

これら二つの会社のほかに、フィラデルフィアとその近郊にファイヤーマークが残っていると判明している消防会社は以下の通り。
The Insurance Company of North America、1794年設立。イーグルのデザインで、会社の建物はまだ16th Street とArch Streetの交差点にあるそうです。
The Fire Association of Philadelphia、縦型の楕円の枠に蛇のように見える消火ホースのデザイン
Germantown Mutual Fire Insurance Co. 二つの手が握手しているデザイン
United Firemen's Insurance Co. ポンプ(早期の消火トラック)のデザインで、UとFの字がつくことが多い。
最初の二つ以外のマークはそれほど多くないので、今回見ることはできるでしょうか。

独立宣言ホールのあるこのあたりを抜けて、南に向かいます。
Independencehall.jpg
こんなところもちょっと可愛いでしょ。
alley.jpg
おっ、あったよ。まずは「ハンド」!
hands1.jpg
まもなく「ツリー」も発見。
tree1.jpg
おっ… いや違う。これは何だか、歴史教会加盟建築的なマークですね。
historicsign.jpg
なるほどこういうフックがあって、そこにマークがつけられてるのだな。(多分)
hook.jpg
また「ツリー」発見。
tree2.jpg
発見すると嬉しいのだけれど、ずーっと上を見て歩いているので首がこります。
それから多分、怪しいです。
hands2.jpg

ここでトリビア。
レンガの壁は、よく見ると実際に構造上意義のあるくみ方か、ただ表にはってあるだけかがわかります。
brickwall.jpg
横長のレンガの合間に、短いものが混ざっているのはきちんとした構造物です。短く見えるのはレンガのお尻の面が見えているので、これは中外に積む二層を強化するため向きを変えておいてあるから。
…というのは、家を買うときに不動産屋さんから教えてもらった受け売りです。

さて、またいくつかいきますよ。
tree4.jpg
hands4.jpg

ここでフィラデルフィアの消防の歴史を少々。
18世紀当時フィラデルフィアは人口およそ1万5千人。
そもそも町をデザインしたウイリアム・ペンの念頭には、当時ロンドンで問題になっていた火事を防ぐことが目標としてあったため、ストリートは当時の平均的な幅よりも広く、建物は多くがレンガと石で作られました。
その甲斐あって、1666年のロンドンや1740年のチャールストンのような規模の大火事には見舞われなかったが、努力にも関わらずまだ火事はないわけではなかった。
1730年デラウェア川沿いで大火事が起こる。フランクリンははガゼット紙に、「その夕方風はなかった。良いエンジン(消火ポンプ)と消火道具があれば火事は広がらずに済んだだろう」と書いています。その後イギリスから消火器具が輸入され、皮のバケツ、フック、梯子、エンジンが町のあちこちに設置されたそうな。

さらなる対策として、フランクリンを筆頭とする有志が集まって設立されたのがThe Philadelphia Contributionship、「ザ・ハンド・イン・ハンド」だった。設立当初の契約システムは7年満期で、7年の終わりに掛かった費用を計算して差額が払い戻しされた。

パート1に「自社のマークのない家の消火はしない」という噂についてかきましたが、ファイヤーマークの目的は別のところにあったようです。すなわち、
保険会社の宣伝。
がっかり。

tree3.jpg
hands3.jpg

そろそろくたびれたので、また公園でも通って帰りましょう。
park.jpg

今回は残念ながら「ハンド」と「ツリー」以外のマークは見つかりませんでした。
もし皆さんがフィラデルフィアを訪れる機会があったら是非探してみて下さい。
首はこりますけれども。

おまけ。昔のフィラデルフィアの写真。
Chestnutfrom17th.jpg



文中に挙げた以外の参考ページは以下の通りです。
http://www.phillymag.com/realestate/architecture-design/the-storied-fire-marks-of-philadelphia/ 
http://www.ushistory.org/franklin/philadelphia/insurance.htm






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剣祐

Author:剣祐
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