線引きはどこか

時に不思議なことがありますがね。

姉妹道場の日本人女性の剣道の先輩で、酒の席があるとその後しばしば私に愚痴を言いに来る人がいる。
私の道場のメンバーは酒の席での先生への気遣いが足りないという。
では彼女のしていることはどういうことかというと、先生のそばに座って話をしながらお酒が空にならないよう気配りをしたり、カラオケで先生が曲を探すのを手伝ったり、先に入力できるように機械を確保したりしているのである。

確かにまあ、非日本人はカラオケで「先生に先を譲る」とか殆ど考えないで先を争うように自分が歌ってますしね、言いたいことは判るんですよ。

不思議なこととはここからだ。

同じような席が、もっと大きな規模の剣道の集まりで開催された。
違う道場の日本人女性が数人、日本から来られた先生のそばに座って、まあ同じような事をしていた。
同じような事だとしか私には見えなかった。
しかしこの先輩は、彼女達の事を「おべんちゃら使ってヤナ感じ」だと言ったのである。

どこからが先生に対する礼儀で、どこからがおべんちゃらなのか。
見るものの都合で決まっていないといえるのか。

と、彼女の愚痴を聞く度に思うんですが、どうですかね。

恒例剣道夏合宿

わたくしの剣道生活では1年で最大のイベント、道場の夏の剣道合宿から戻りました。
今年の初めに、居合だけでなく剣道もこちらの道場に正式に移籍し、ゼッケンも新たにしての参加です。
合宿の参加はこれで5年目かな。

火曜日の午後に各地からわらわらと会場大学の寮に集まり、最初の稽古はその夕方にある。
寮から丘を下ってキャンパスの下端にある体育館で参加者と顔合わせをして、こんなに若いグループだったかと驚愕した。冷静に考えると顔ぶれは殆ど同じだし、まあ子供が少し増えているくらいで平均年齢が去年までと比べて凄く下がったわけでもないのだろうが、そんな風に思うのは自分が年をとったからだろうか。



火曜日から日曜日だけれど、初日と最終日が半日なので、正味5日です。
スケジュールはこんな感じ。
6時から45分間の坐禅
9時から11時過ぎ 木刀による剣道基本技稽古法、剣道の形、竹刀剣道
2時から4時 竹刀剣道
4時から5時 剣道の形または水泳
7時半から9時 剣道の形または居合
で、そのあとは毎晩酒盛り、と。



去年の記録を見ると、稽古の内容自体は大体同じだった。

木刀による剣道基本技稽古法は予想通り去年の合宿の後全く練習する機会がなく、「基本3」で早くも「なんだっけ?」となった。帰ってきてから、そういえば覚え方があったような?と検索したらこれがみつかりました。前に見つけたのと同じページだな、「さがってどうする」っていうタイトルがいいなあと思ったの覚えてるし。合宿前に思い出せよ、自分…。いっそ木刀の柄に書いちゃうっていうのはどうだろう。

去年と同様、竹刀での剣道稽古の最初の部分を、この基本技稽古法に沿って進めていった。基本で動作を正確にしているので、肘を曲げてしまうとか体が傾いてしまうとかの癖を抜く助けになる。

去年中途半端に終わった小太刀の形は、今回何とかかたちにするまで持っていけた。ええ、去年の合宿ぶりでした(汗)。普段の稽古で前半竹刀の基本練習と形に分れるときに私はつい竹刀の方に参加するのだが、たまには形もせにゃな。

基本技稽古法と剣道の形では、原則として毎回相方を替えた。
それで痛感したことだが、相手によってやりやすさが全然違う。上手下手を別にしても、相手とタイミングを合わせる気が全くない人とか、端から相手を疑って掛かっているとしか思えない人とかだと非常にやりにくい。動作がきちんと出来ていて、かつ相手を読む気のある人となら、普段から一緒に稽古していなくても一発で合う。こういう感覚を知るのは居合でも大事じゃないか。居合でも初期から組太刀の稽古するのもいいんじゃないのかな。



1日剣道でへとへとになっての居合だが、疲れている状態での居合の稽古は、それはそれでいい。
普段は道場に週1しか行けないので、毎日抜けるのも嬉しい。そもそもむしろこれが楽しみでこの合宿に参加しているのだった(笑)。各自練習の間は、普段あまり時間の取れない古流になるべく時間を割いた。古流を稽古していると、時々大先生が来て、動作の細部の理合の知らなかったことを教えて下さる。目からうろこが7枚くらい落ちた。やはり古流はいい。



この合宿は、門下生でなくても参加できる。今回門外から参加したうちの一人を見ていて色々考えさせられ、なんと言うか、いい反面教師だった。
まず着装からしてだらりと胸をはだけていてだらしがない。覇気がなく姿勢も悪い。同じ段位で回り稽古であたると、全然やる気がないんだか「もとだち」の側のつもりなのか、全く掛かってこない。形で組んでもものすごくやりにくい。その状態で最終日に審査を受けていたが、立ち合いで不合格。その人を知る数人からの話を総合するに、もうずいぶん長いこと今回受けた段位の審査をあちこちで受けて回っているらしい。数打ちゃ当たると思ってるのかな。大体近隣の連盟の審査よりここの連盟の方が厳しいのに…。

そう言う人を見て、私はちゃんと準備しよう、準備できていないのに漫然と審査を受けるのはやめよう、と強く思ったんでした。ひとまずこの冬(時期的には次の審査を受けてもいいことになっているのだが)は見送りだ、基本でだめなところがありすぎるから、まずそこ直さないと。



今回はいつもと同じ大学だが、改装の都合でいつもと違う寮、かついつもと違うダイニングルームだった。
で、驚いたことに食事が旨かった。
特にデザートが旨くて、食事もたらふく食べた上に毎食後ついつい甘いものを食べていたら、あろうことかこれだけ運動していて1週間で1.5キロも太りました。去年は毎晩飲んでも少しは痩せたのに!

それでも出来れば今後もこっちのダイニングルームの方がいい。笑



さて最終日、審査とその見学の後最後の稽古をして、昼で終了。
しかし体育館は丘に広がるキャンパスの一番下にあるので、防具やら竹刀やら全部持って丘の天辺まで登るというのが実は最後の試練なのだった。
私が階段の前で防具バッグを担ごうとしていると、後輩の青年が「手助け要る?」と尋ねてくれた。「ありがとう、大丈夫。NYの駅で慣れてるから。」とひょいと肩に担ぎ上げて青年にびっくりされた。
その後その青年は自分のバッグに苦労してました。手伝おうとしたら後ろから彼女に呼び止められていたので先に行ったけど。



帰って来て1日昼寝などしながらぎしぎしの体を休め、こうして合宿を振り返っているわけだが、一回りくらい私より年上の大先生の体力は凄いなと改めて思っている次第です。

一年で一番きつくて、一番楽しみな合宿が終わる

トレーニングの甲斐あって、初日の終わりにボロ雑巾にはなりませんでした



恒例の夏の剣道・居合道合宿だった。初日と最終日が半日なので、正味5日間。
朝6時からの坐禅に始まり、午前2時間、午後2時間の稽古、1時間の自由参加の水泳(または剣道の形の稽古)、
そして居合道または剣道の形の夜の1時間半の稽古が9時に終わるというスケジュールだ。
2時間の中には木刀による剣道の基本稽古と剣道の形も含まれるので、それほど激しく動きっぱなしというわけではない。



木刀による剣道の基本稽古は毎年この合宿で稽古するのだが、
毎年ほぼこの合宿でしか稽古しないので、思い出すのに少々時間がかかる。
今年は形の名前を言ってもらえば全部できるところまでは行ったが、
やはり後半の順番が怪しいので自力で全部やれといわれたら多分できない。
その後の竹刀剣道の基本の稽古で、木刀の基本稽古の順序で打ち込みをしたのが復習と理解の助けになってよかった。
これ、勉強になるので地元の道場でもやったらいいとおもうのだけど、多分やらないだろうな…。



剣道の形は、私は地元の道場ではとかく初心者の指導に廻されて、
後輩がどんどん先の形を習うのを横目に私は5本目までしか稽古できないでいる。
毎年この合宿が新しい形を習う唯一の機会で、去年六本目と七本目を習ったきり、やはり地元では殆ど稽古できずにいた。
それで今回はその二本をしっかり稽古しようと思っていたら、それどころか小太刀三本まで全部教えてもらえた。

よっしゃーーー!!


小太刀は間合いが難しくてそこが面白い。
まあまあきちんと覚えられたのは一本目の仕太刀だけで、
二本目は怪しく三本目は全然だめだが(笑)、地元で隙あらば先輩と稽古したい。
(つってもね、そもそも小太刀全部できる先輩が3人くらいしかいないし、いつもいるのはそのうち一人だけっていう道場。)



竹刀剣道はいつものように基本みっちりのほかに、私にとても勉強になったのは、
主に二段、三段を対象にした「もとだちの仕方」の稽古だった。
こういうことって意外にちゃんと習っていない。
普段地稽古をしていて、この先輩がもとだとすごく勉強になるとか、その逆だとかは感じているので、
そこから学ぼうとするわけだが、きちんと「もとだちとしてのあるべき姿」を教えてもらったのはほぼ初めてだった。
今回の合宿は子供が多かったこともあって、大人とはまた違う受け止め方をする少年たちの相手をしていて色々考えさせられた。何人かは私より段位が下でも、あきらかに私より上手いというようなこともあってな…。



一日中裸足で体育館に立っていると、どこが疲れるって足の裏が何より疲れる。
今、膝も少々怪しいので、夕方プールに入るのをとても楽しみにしていた。
わたくし実は殆ど泳げないのですが、それでも。

浅いほうの、歩いていても遊んでいてもいいプールで、泳げる友達にちょっと手足の動かし方を教わって、
結構真面目に一人で練習した。
浮くけどなかなか進まねえ。
顔をつけないと浮かず、一旦顔をつけたが最後息継ぎができないので、一息でいけるところまでしかいけないのだった。
ははは。

二の腕の筋肉痛が気持ちよかったのと、膝を含めて足がやはり楽になったのとで、
やっぱり水泳を運動ルーチンに入れたいと思った。



居合は常の通り、兄弟子がリードして大先生が剣道の形のグループと行き来しながら監督される。
今年は傘下道場の一つで最近居合をはじめた人が多く、初心者が多かった。
制定居合数本しか習ってない初心者は、別のグループに分けられて兄弟子が続きを教え、
私ともう一人のメンバーが大先生を独占することに。ふふふふふ。

向こうで初心者を教えつつこちらをみていたらしい兄弟子にあとで、
振りかぶりと立ち技の切りおろしが小さくなっていると指摘された。
「つまり前よりダメになってるってことですね」
「そうだ。」
がーーーーん。
この先しばらく、これが課題だな。

後半三日は、例によって二人で独占できた大先生に古流をみていただけた。
大森流12本全部、最後の三本は私のみ、大先生と一対一で。
その上大先生の古流を、奥伝の何本かまで見せていただいた。
部屋に戻ると忘れないうちに、宴会部屋に行く前にメモを取る。
まだ古流の稽古に入っていないメンバーが多い普段の道場で、
大先生に直接古流を習う機会はそれほどないので、このメモは貴重だ。

最後の夜、居合の稽古場に行くと、兄弟子が
「さっき大雨だっただろう。大先生が稽古キャンセルするか、とおっしゃるから、
先生、キャンセルしてもいいですが祐子さんにはご自分でそう言って下さいよ、と申し上げたんだよ。
そうしたら ”じゃあやるか”ってことになったんだ。大先生は俺は怖くないがキミが怖いんだな。」
そんなバカな。笑



夜の稽古の後の酒盛りには参加しなくてももちろんいいのだが、
今回は全参加してしまった。
毎日朝は今日は飲むまいと思うのだが、冷房のない体育館で汗だくになって稽古していて、
3時ごろになるともうプールとビールのことしか考えていないというていたらく。
毎日ビール飲んでいなければ合宿中にもう少し体重減ったと思うのだけれどね、
まあ帰って来てから挽回しているからいいんです。



最後の日、帰宅してFacebookを見ると、兄弟子が
「また一つ夏が終わった」と書いていた。
兄弟子にとってこの合宿が「夏」なんだ。
切ないなー。



後日談。合宿から戻って数日後、隣町の講習会案内に初心者の水泳というのがあったので、申し込みました。9月の終わりからの10週間、週一で75ドル!お徳!

夏合宿

恒例の剣道夏合宿に行ってきた…と書こうとして以前のエントリーを見たら、
去年もおととしも一つもこの合宿のことは書いていなかった。
なぜだ。笑

この合宿、主催は私が居合を習っている道場だ。
私はそこでは剣道はたまに参加させていただくだけで、あとは居合だけ通っているのだが、
夏の剣道合宿には2年前から毎年参加させていただいている。
1日中、剣道の形と剣道をやって、夜は居合の稽古。
身体はへとへとのよれよれになるが、心はこれ以上ないくらい高揚する、そういう一週間だ。
1年目は本当にしんどくて、夜の居合の稽古の前にボロ雑巾のようになって寮の部屋で眠った。
そんなに身体がくたびれたのは生まれてはじめてのことだった。
どうなるかと思ったけれど、休んだらちゃんとまた動けるようになった。
身体ってすごい。

去年は、おととし使った体育館が改装中で、稽古は同じキャンパスの別の建物だった。
会場が狭かったのもあって、おととしほどものすごく走り回るタイプの練習がなく、剣道の形と「木刀による剣道の基本稽古」が多くて身体は楽だった。

で、今年。
日程の半分が去年と同じ狭い会場で、残りが巨大な体育館だった。
体育館に移ってからは、広さを生かした練習が組み込まれたが、
これが楽しいのなんのって。

一列20人ほど、3列に分かれて竹刀を面の位置に構え、うちまくっていく練習。
続いて同じく、コテ面。
全国大会に出る若者なんか、まさに目にもとまらぬ速さで走り抜けて行くので開いた口がふさがらなかった。
いいなあ。
あんな風に動けたら。

その場と、追い込みの切り返し。
こんなのも、私には初めてだ。
この、ぎりぎりまで追い詰められる感じ。
それでもここの先生方は相手を読むことに長けておられるので、
私のようなへなちょこは余り押されない。
それがちょっと残念でもある。
いつかあの子たちのように長い長い切り返しをさせられる(つまりそれができると先生に思われる)剣士になれるんだろうか。



今年面白かったのは、先生が打突に入ることのできる体勢をしばしば弓道で例えられたことだ。
もう弓が一杯に張ってあって、手を離せば矢が飛んでいく状態。
打ち間に入ったらもうこの体勢でないといけない。

それと、剣道の形との対比で体捌きなどを説明して下さったのも面白かったし勉強になった。
「今から形の六本目について教えますよ」などと竹刀剣道で。
剣道の形はいつもの道場でももちろん稽古しているが、案外竹刀稽古とのつながりについて考える機会がなかった。



剣道だけではない、
この合宿は居合でも一年で最も贅沢な一週間だ。
先生の指導つきで毎晩居合の稽古なんて機会、他にない。
しかも参加が必須ではない夜の稽古、今回は4日目には疲労で殆ど誰もいなくなっていた。
おかげで大先生にみっちり制定を見ていただく。
厳しい顔で、兄弟子の細かな指摘とは違う、もっと全体的かつ根本的なことを、
言葉少なにおっしゃる。
先生が大きなうなづきとともに「んっ!」「よしっ!」とおっしゃることは本当に認められたことだし、
「それ余り良くないね」とおっしゃることは本当にまずいところだ。
今の私には兄弟子の細かな指導も、大先生の大きな軌道を正しく保つ指導も、両方同じくらい大事だ。

時々日本語で私を驚かせる兄弟子は、今回も急に「袴捌きがうるさすぎる」と言って妙にツボだったのだが、
見ていると大先生は兄弟子にも殆ど日本語で居合の指導をしていた。
そうか、あれで自然に日本語をピックアップしているんだな。



本当のことを言うとね。
ここの合宿から普段の道場に戻ると、「あれ?」って思う。
この合宿の剣道は本当にまっすぐな剣道で、
子供から大人まで殆どの人が惚れ惚れするようなきれいな体捌きをする。
普段の道場では先生はまっすぐで美しいが、よその色んな道場の背景を持つ先輩方は
色々違うことをしていたりする。

剣道はまっすぐじゃないとかっこ悪い。
首をひょいとまげて打突をかわすことも、
続けて攻撃をしないただの防御のための防御も、
違うと私は思う。
この合宿にくる大先生の弟子たちは殆どそういうことをしない。
基本の稽古をしていても地稽古をしていても気持ちいい。

私はああいう剣道を目指そう、
そう思う。

「教える」

まだ初段の分際で、剣道の形はすっかり教える側に定着している。
決して理想的とは言えないその現象の原因は主に二つ、
(1)ここしばらくで中堅がぼろぼろ抜けて教えられる人が少ない
(2)初心者が多数一度に形を稽古し始めたのでますます相対的に指導者が少ない

形はその重要性があちこちで指摘されながら、現実には審査の直前に付け焼刃でやっつけようとする人も少なくない。そのため、居合の背景がある上に比較的早くから定期的に稽古してきた私の形は、相対的には「初段としてはマシ」なレベルであるとは思う。(絶対的には「初段でこのくらいできなかったらマズイ」レベルだろう。)

しかし、「それなりにできる」のと「効果的に教えられる」のは全く別次元の問題だ。

どうかすると初心者6人まとめて渡されたりして途方に暮れる。
基本の動作がわかっている人の精度を上げる作業の方が数倍楽。(愚痴。)

私くらいのレベルのものには、何がはしょってはいけない骨格の部分で、どれは後でもいいか、
というのがまだ把握しきれていないのではないか、という疑問は常に頭の隅にある。
たった今の私にとって、何よりも大事だと思われるところは理合だ。
剣道の形にも居合にも、それぞれの動作には、何のためにするのか、そのためにはどうしなければならないか、
の理由付けが必ずある。
「ここはこうするのですか、それともこうするのですか」という質問には、
「何のために何をしようとしているんですか?」と反問したくなるのが、今の私の立ち位置だ。
それが判れば、どうするのかはおのずと判る。
だからそういう風に教える。
初心者相手にもこれでいいのだろうか、と思いながらそう教える。
それは私が今、居合で毎度叩き込まれている事柄だから、でもある。
七年近くだか居合をやっていて、今の師匠になって叩き込まれているところ。
本当は最初から知らなければいけなかったんじゃないのか、と自分自身は考えているところ。



教えるという行為には、落とし穴がある、と思う。



先生が、地元連盟の抜けられない合同稽古にでかけるので少し遅くなるとのことで、
しかも先輩方も出張やらで誰も来られないので、私が剣道のウォームアップをリードすることになった。
準備運動くらいは度々リードしていたし、先生の戻ってくる予定時刻は丁度いつも準備運動が終わる頃だったので、なんということもないだろうと思っていたら、帰ってこない。
ので、素振りを始めた。
素振りの途中でジョンが現れた。
ジョンは今のところ私と同じ初段だが、剣道歴は私より大分長い。
ジョンと相談しながらあし捌きの練習などを始めてみたが、先生はやっぱり帰ってこない。
ここでやっと気がついて車においてあった携帯電話を確認してみたら、メールが入っている。

30分くらい前に、「渋滞に巻き込まれていて、予定より30分くらい遅くなりそうだ。
素振り200回と脚捌きの練習やっておいて。」
そして5分前にもう一つ、「まだつかない、悪いね、ビールおごるから!」

あの、素振りなんだかんだで200どころか500くらいやりましたけど、まあいいか。

ジョンとどうする?面つけて基本の稽始めようか?と言っているところで先生帰還。

めでたく先生指導の稽古に移ったが、そこまでをリードの立場でやってしまったら、
教えモードになってしまっていた。
私は普段後輩にあまり色々言わない主義だ。
いつもはもっと上の先輩がいる。沢山の先輩から沢山のことを言われると混乱するだけで何も直せない、
という自分の初心者だったときの経験から、安全性に関わることのほかはなるべく口を出さないようにしている。
第一たとえ相手が初心者でも、剣道の実技は教えられるほど自分が上手くない。
普段の主義にも関わらず、一旦動きのついてしまった「教える立場」は、なかなか抜け出すのが難しいのであった。この日は先生以外の有段者がジョンと私しかいなかったのでそれを考慮して指導に回ったといいたいところだが、正直なところ主な原因は勢いにすぎなかったと思う。

そんなわけで、何人かの後輩に色々言っちゃってから、
私が言うと百害あって一利なしみたいなことになってないかと首をかしげた。

「教える」時には、自分が教えることは今そのグループにおいて、またはその相手との関係において
本当に求められているのか、自分が教えることによって双方に益があるかそれとも害が勝るか
(人に教えるより自分の技術を磨くべきときではないのか?)、瞬時に判断して行動を変える必要がある。

何より一番まずいのは、教えるという名目で人を批判することによって自分を価値の高いもののように見せる、
または思い込む行為だと思う。
武道だけの話ではなくて、日常生活でも、仕事の場でも、全ての場において。
それは決して自分を改善の方向に向けはしない。
よそから訪問者がくると良くわかる、居合でも剣道でも、
初段か二段かそこらで自分の道場で「お山の大将」になっている人の剣は、見ればすぐにわかるのだ。

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剣祐

Author:剣祐
剣の修行中。

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