再生

だめになった竹刀3本を解いて、
2本の竹刀に組みなおす。

ささくれの深すぎるものははずし、
削ってしのげそうなものは竹刀ナイフで削り、
やすりをかけ、
油を塗ってふき取り、
節の合うもの同士を合わせ、
金具の入る溝を作り直し、
傷の浅いものを下に、
傷みの深いものは叩かない上側に、
使い古した柄革と先革を再利用して
弦を張りなおす。

私はこの作業が好きなので、
先輩でやり方を知らない人がいるのを見るたびにちょっとびっくりする。
まあ人それぞれなのでかまわないんだけれど。

地稽古にはちょっと怪しいけれど、
相手を叩かない基本練習には十分使える竹刀として立派に再生。
このところ竹刀の消費具合が激しいので、
まだしばらくがんばってナ。


あっちとこっち

先週末、日本人の多い地域(遠く。)の道場に初めてお邪魔したら、
生徒の大半が日本人の子供だった。
白人のおっさんが大半の環境に慣れているので、
黒髪の子供がわらわらいる光景には別種の圧倒感が。

そして壁際の椅子には、その子供たちのお母さんたちがずらりと稽古を見守っている。
お母さんたちは多分私より10年くらい若いか、せいぜい同世代くらいまでの年齢層だ。
これまた別種の圧倒感があった。
それは、私くらいの女性は「あっち側」にいるもんだ、という圧倒感であった。

自分の子供がきちんと稽古をして上達することを見守る立場の人々と、
自分の「コテ」が、「踏み込み足」が、上達することしか頭にない私の立場との大きな開き。
向こう側に行きたいかと聞かれれば、
ためらうことなく否と言う。
私は余りにもわがままで、人の親になんかとてもなれない。
もう少し若いときは子供をもつつもりはあったのだが、
自分を知るにつれて欲しいとも思わなくなった。

無理の多いことをしても誰の益にもならない。
時々大抵の「私くらいの女性」のいる「あっち側」を垣間見てはびっくりしつつ、
私は週末に片道300キロのところに剣道に行ったり、
庭でひたすらコテの練習をしたり、
時々は岩を登ったりして暮らしていくのが「無理のない」生き方なのだ。

これだけ自分を知るのに40年かかった。
とてもじゃないけど20歳くらいで将来のことを決めるなんて、
私には無理だったなと思う。
80歳くらいになったら、
40のときは自分を知らなかったなあとか
思うんだろうか。
思うんだろうな。
Profile

剣祐

Author:剣祐
剣の修行中。

Latest Entries
Latest Comments
Latest Trackbacks
Monthly Archive
Category
Kendo
Search Form
RSS
Link