再会

居合の合宿が(大分何日も前に)終わりました。
自分とこの道場で復習してみたんですが、まあ出てくるわ出てくるわ、直すところ多すぎ。
動きごとに先生に教わったことを思い出してメモしながらで、結局復習できた形は数本。続きは狭苦しいが家で。
以前は合宿で懐に小さなメモ帳を入れておいて逐次書き留めていたんですが、二年前T先生に「そんなもん書いたってしょうがねーんだよ」といわれてから(注・べらんめえですが大変優しい先生です。私以外の人に対しては丁寧だし。笑)メモを取るのはやめた。こうして帰ってきてからこっそり書いているのは内証です。
先生の言われる意味も今となってはわかるのだ。
なんていうか、いちいちそこで書き留めるのって観光に行って写真ばっかり撮っているのと似たことだと思う。
本当にその景色見て、その景色の中にいなかったら意味がない。

興味深い再会があった。
前の道場の先輩DMだ。
これを書こうとして、あれ?前の道場やめたのいつだっけ、とアーカイブを見たら2008年の11月だ。
私が去った直後その道場で「先生」になったDMとはそれ以来会っていなかったことになる。
私が剣道を始めるとき、ふたつの武道を一緒にやるのは無理だ、といい続けた先輩だ。
剣道と居合は別々の武道ではない、ということはどうしても理解されなかったし、DMを説得しなければいけない理由は私にはなかった。

私より少し後で前の道場をやめた別の先輩は、「DMは俺とは口もきかない」と言っていたが、私の再会はなんということもなく普通に懐かしみを見せ合う再会だった。ある面では決して交わらないことを自覚している私達は、その面に触れることは初めからしなかった。

その道場をやめて外に出て行ったとき、私は(そして少し後でやめた別の先輩も)、居合の核についての考え方の転換を迫られた。
重箱の隅をつつくように細部を整えることに集中しすぎて、骨格ができていなかったことを思い知らされた。
まさに井戸から大海に出てきた蛙だった。

その経験と、今度の再会でDMから聞いた前の道場の話から考えたことがある。
それは、武道をやるものは常に自分より優れた武道家と接し続けているべきだということだ。
私のいた道場の属する団体は、母体は日本にあるが、北米部は日本の先生にしばらく教えをうけた古流五段のアメリカ人に率いられている。
片手間ではなく武道を生計とし、常に熱心に自己鍛錬をされている先生だが、上に先生がない。しばらく前までは2年に一度日本を訪れていたそうだが、このところそれも難しくなっている。

その団体で学んできた居合が、大海に出たとき横面を張られる結果になったことは何を意味するか。

私はDMには何も言わなかった。
DMは剣道連盟の居合審査を受ける気はない。たまにこうして制定居合の合宿にくるだけである。
制定の審査は受けていないが、三段を名乗っている。「古流で」とは言わない。ただ、指を三本立てる。
それでありながら道場で制定居合、そればかりか最近は剣道の形まで「教えている」というその道場の姿勢がどうしても私には納得いかないが、まあ、言ってしまえばよそのことだ。

DMには何も言わず、私は井戸を出て大海に出てきたことを黙ってそっと良かったと思う。
くじらは無理かもしれないが、いずれあっぷあっぷしている蛙を卒業して鮪くらいにはなろうと思う。
あ、まあ、そりゃ、時間が許せばくじらを目指すけどね。

気がつけばちっとも合宿自体のことは書いちゃいないが、
まあそんなところです。



それから和紙人形は二体セット45ドルで売れました。



荷物をつめるのはいつもぎりぎり。

どうも、月刊ほぼ剣です。
くらいな。

今年も恒例の隣国居合合宿のシーズンがやってまいりました。
去年何書いたかな、と思ったら何も書かなかったんですね、合宿の話。
今年で4年目になります。
この合宿、日本から来られる先生方の翌年の旅費などを工面するために二日目だか三日目にオークションがあるのですが、
毎年「来年こそは和紙人形を出品しよう」と思うのにすっかり忘れていて、
今年も、あの、
さっき思い出した…。
何で一年間まるまる忘れてるんだよう。
今日明日で二体できるでしょうか。

4月末に主催者の先生が、今年は申し込みが少ないと書かれていたので少々心配なのです。


<追記>
できましたぜ。二体。
人形1

人形2

あ、何か光の加減で娘のほうの顔がしわしわに。
お母さんの着物が渋くて結構気に入りました。
この紙アーティストの患者さんにいただいたのよね。


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剣祐

Author:剣祐
剣の修行中。

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