医療小話

ほぼ剣士、時々仕事。ならぬ、ほぼ剣士、ごくたまに仕事。

ってことで、今日仕事で出くわした実在するカルテ記載。
患者さんのICU記録です。

The patient is 65 year old pleasant white male...
<患者は65歳の感じの良い白人男性で>

… (数行略) …

The patient is still sedated.
<今のところまだ鎮静されている>

薬で鎮静されてて感じ悪かったら大変だ。



しかもこれ書いてみて気付いたんだけど、この日記カテゴリーに「看護」なんて作ってなかった。
気付いても作らない。

段位の中身(追記あり)

日本のことは知らないが、アメリカで居合をやっていて色んなイベントに参加すると、
段位というものについての不思議な現象を見る。

えっ?これで四段!?
という人もいるし、
えっ?これで四段!?
という人もいる。

つまり、両方の意味で。

合宿の間、夜は体育館の一部が開いていて自由稽古だった。
私の前で制定居合を稽古していた、おそらく私と同年代の女性がよれよれだった。腰が全然入っていない。
初心者だって沢山いるわけだし、最初は何と言うことも思わずにいたのだが、そのうちに彼女は古流のずいぶん難しい技を稽古しだした。
前の道場を去る前に私も稽古し始めていたが、その後自分はそのレベルには達していないと悟って今は手をつけていない型だ。
色々難しいことに手をだして、人前で「こんなのできるんだよーん」と見せびらかすのが好きなタイプだろうか、
もしかして。

翌日の大会でびっくり仰天。
彼女、四段以上の部門で出ているではないか。

四段の審査を受けたときにはそれなりに通るレベルだったのだろう(と思いたい)から、
あれほどよれよれだったのは稽古をよほどサボっていたということだろう。
ある段をとることと、その段にふさわしいレベルを維持するのは、別のことなのだ。

こんな風に拙い意味で「あれで*段!?」といわれるような居合を抜くことだけは一生すまい、
と、彼女を見ながら私は心に誓いました。

**
追記。
先日の審査で五段に昇段した知り合いが、審査の前にある先生に言われたということ。
「審査に通らなかったら、もっと稽古しなさい。審査に通ったら、もっともっと稽古しなさい。」
なるほど、そういうことだな。

Too Many Cooks

基礎を剣道を始めて数ヶ月でまだ防具をつけていないEと組んで稽古していた。
左足がどうしても撞木になっている。
黙って自分の袴を上げて足の角度を見せた。Eも黙ってうなづく。
しばらくすると足の大分直ったEが、「何か間違っているところがあったら言って」と言う。

うーん。
Eは刃筋も私が見習わなければいけないほど真っ直ぐだし、いい打ち込みをするし、
しばらく前まで前傾だった上体はずいぶん改善したし、
正直今の段階で私程度の者が指摘できるような明らかな間違いは足を除いたら殆どない。
細かいことを言えばきりがないが、それについて言えば自分だって色々間違ってるに違いないのだ。
自分が直せていないところを偉そうに指摘することほど片腹痛いことはない。

「いいと思うよ。もう明らかに私が見ても間違っている、っていうこと以外は言わないようにしてるんだよ。
私がちょっとした間違いだと思うことは、そう思う私の方が間違っていることだって十分ありうるし、
先生に幾つか注意された大事なところを直すだけで十分大変だと思うんだよね。
あんまり一度にいろんな人に色んなことを言われたら混乱するだけだし、
一つ言われたことを自分で研究したり考えたりする時間だって必要でしょう。」

そう言うと、
「祐子は謙虚なんだね」と言う。

謙虚とはちょっと違うと思うんだけど。
自分が特に居合の初心者のときに混乱した経験などから割り出した結論だ。
私には、余り現れない一人の先生と、いつも教えてくれる二人の先輩とがいた。
二人の先輩の言うことは間々異なっていた。
今でこそ「これは同じことを別な角度で言っているのかもしれない」と考察してみる余裕があるが、
初心者は「言ってることが違うじゃないか、どうすればいいんだ」と思うだけだ。

剣道ではまた居合の稽古と違って、ローテーションで「もとだち」が次々替わる。
来るときには先輩たちから弾丸のように注意が来る。
来ても毎回同じことなら、それがすなわち誰が見てもできていないところだとわかるからいいのだが、
面白いことに前の先輩に言われたこととは全く別のことであることが多い。
アドバイスをもらっても、それを吟味しながら練習する機会がなければ直すことは難しい。
それを自ら経験しているから、そして先輩たちの何人かは沢山のアドバイスをしがちなことを知ってるから、
私は初心者相手でも大抵何も言わない。



昨日居合の合宿の帰りに大会の優勝者Sさんと空港まで一緒になり、稽古についての話になった。
私の元の居合道場の先輩に当たる人が最近、Sさんのいる道場に時々通うようになった。
その道場には教えることのできるレベルの人が、Sさんを含めて何人かいる。

「僕が見たところ、彼には簡単に直せる間違いが幾つかある。でも僕はまだ何も言っていないんだ。
他の先輩が丁寧に教えているからね。先生が沢山いるというのは初心者にとっていいことじゃないんだよ。
彼は初心者ではないけれど。」

話しているうちに、前にどこかで読んでなるほどと思い、心に留めていた二段階ルールのことを思い出した。
原則として自分より二段階下の人までしかアドバイスはしない、と書いていた。
つまり自分が三段だったら初段の人まで。

「あれ書いたの僕だよ。」

…あっ!ハンドルネームだから気がつかなかった。
以前から顔見知りなのに、相手が誰だか気付かないままコメントでやりとりまでしていた。
Sさんのほうは私が誰だか知っていたものらしい。武道界は狭い。笑



教える人が多すぎる、という問題についてしばらく前に考え始めた頃、
いつも不思議なタイミングで私の考えている問題についての考察を書かれるオンタリオのキム・テイラー先生がやっぱりこんなエッセイを書かれていた。(2010年4月13日付けのToo Many Cooksを。
ありがちな問題なのだろう、特に人々がすぐに自信たっぷりになるアメリカあたりでは。



自然といえば自然なことなのだろうけれど、
色んなところに哲学を共有する人々がいるのを幸運に思う。



はい、こないだカナダの合宿に行ったばかりなのに、今度は全米の合宿でした。もうこんなことばっかりやって暮らしたい。


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剣祐

Author:剣祐
剣の修行中。

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