ひきつけ足

剣道連盟の制定居合の形の幾つかには「ひきつけ足」という動作がある。
右足で踏み込んだあと、左足を直ちに少し右足によせる、すなわち「ひきつける」。
ひきつけの終わった時点でのスタンスは剣道のそれよりも広いが、基本的動作は同じである。

今日はこの動作についての注意が度々あった。
注意が出るたびに剣道もするメンバーだけが鏡を見ながら剣道の踏み込みの動作をしてみちゃう、
という条件反射があるのがおかしかった。
私がやっていたら、その鏡にAが同じことをしている像が写っている。

実際に注意されているのは剣道をしないメンバーだ。
私にはよくわかる。
彼らにはつかめないのだ、ということが。
なぜなら先に居合を始めた私も、この動作は剣道を始めるまでさっぱりつかめなかったから。

「ひきつけ」というと引っ張るみたいだが、
実際にはこの動作は、そもそも左脚で体全体を前に押し出す、というところから始まっている。
それがないとかたちだけの「ひきつけ」になる。
「押し出す」があれば、このメンバーが注意されていたような左のひかがみが曲がってしまう癖は出ない。
「押し出す」ためには脚に張りがないとできないからだ。
ここまでができていれば、「ひきつけ」は比較的自然にその後に続く。

と、いうことが判っている剣道メンバーは、
「ひきつけ」と聞くと反射的に「押し出し」→「踏み込み」→「ひきつけ」という動作をしてみちゃう、
のが先の現象の背景だろう。
しかしこの関連がわかるのは剣道をしているからであり、
剣道をしている人はひきつけ足に問題が少ないのであり、
剣道をしていなくてひきつけ足がうまくいかない人は、剣道メンバーがどうしてここで踏み込みをやってみているのか、はわからない。のだと、思う。

苦労している非剣道メンバーに、こっそりコツを伝授したかったのだが、話す機会がなかった。
また今度。


「教える」

まだ初段の分際で、剣道の形はすっかり教える側に定着している。
決して理想的とは言えないその現象の原因は主に二つ、
(1)ここしばらくで中堅がぼろぼろ抜けて教えられる人が少ない
(2)初心者が多数一度に形を稽古し始めたのでますます相対的に指導者が少ない

形はその重要性があちこちで指摘されながら、現実には審査の直前に付け焼刃でやっつけようとする人も少なくない。そのため、居合の背景がある上に比較的早くから定期的に稽古してきた私の形は、相対的には「初段としてはマシ」なレベルであるとは思う。(絶対的には「初段でこのくらいできなかったらマズイ」レベルだろう。)

しかし、「それなりにできる」のと「効果的に教えられる」のは全く別次元の問題だ。

どうかすると初心者6人まとめて渡されたりして途方に暮れる。
基本の動作がわかっている人の精度を上げる作業の方が数倍楽。(愚痴。)

私くらいのレベルのものには、何がはしょってはいけない骨格の部分で、どれは後でもいいか、
というのがまだ把握しきれていないのではないか、という疑問は常に頭の隅にある。
たった今の私にとって、何よりも大事だと思われるところは理合だ。
剣道の形にも居合にも、それぞれの動作には、何のためにするのか、そのためにはどうしなければならないか、
の理由付けが必ずある。
「ここはこうするのですか、それともこうするのですか」という質問には、
「何のために何をしようとしているんですか?」と反問したくなるのが、今の私の立ち位置だ。
それが判れば、どうするのかはおのずと判る。
だからそういう風に教える。
初心者相手にもこれでいいのだろうか、と思いながらそう教える。
それは私が今、居合で毎度叩き込まれている事柄だから、でもある。
七年近くだか居合をやっていて、今の師匠になって叩き込まれているところ。
本当は最初から知らなければいけなかったんじゃないのか、と自分自身は考えているところ。



教えるという行為には、落とし穴がある、と思う。



先生が、地元連盟の抜けられない合同稽古にでかけるので少し遅くなるとのことで、
しかも先輩方も出張やらで誰も来られないので、私が剣道のウォームアップをリードすることになった。
準備運動くらいは度々リードしていたし、先生の戻ってくる予定時刻は丁度いつも準備運動が終わる頃だったので、なんということもないだろうと思っていたら、帰ってこない。
ので、素振りを始めた。
素振りの途中でジョンが現れた。
ジョンは今のところ私と同じ初段だが、剣道歴は私より大分長い。
ジョンと相談しながらあし捌きの練習などを始めてみたが、先生はやっぱり帰ってこない。
ここでやっと気がついて車においてあった携帯電話を確認してみたら、メールが入っている。

30分くらい前に、「渋滞に巻き込まれていて、予定より30分くらい遅くなりそうだ。
素振り200回と脚捌きの練習やっておいて。」
そして5分前にもう一つ、「まだつかない、悪いね、ビールおごるから!」

あの、素振りなんだかんだで200どころか500くらいやりましたけど、まあいいか。

ジョンとどうする?面つけて基本の稽始めようか?と言っているところで先生帰還。

めでたく先生指導の稽古に移ったが、そこまでをリードの立場でやってしまったら、
教えモードになってしまっていた。
私は普段後輩にあまり色々言わない主義だ。
いつもはもっと上の先輩がいる。沢山の先輩から沢山のことを言われると混乱するだけで何も直せない、
という自分の初心者だったときの経験から、安全性に関わることのほかはなるべく口を出さないようにしている。
第一たとえ相手が初心者でも、剣道の実技は教えられるほど自分が上手くない。
普段の主義にも関わらず、一旦動きのついてしまった「教える立場」は、なかなか抜け出すのが難しいのであった。この日は先生以外の有段者がジョンと私しかいなかったのでそれを考慮して指導に回ったといいたいところだが、正直なところ主な原因は勢いにすぎなかったと思う。

そんなわけで、何人かの後輩に色々言っちゃってから、
私が言うと百害あって一利なしみたいなことになってないかと首をかしげた。

「教える」時には、自分が教えることは今そのグループにおいて、またはその相手との関係において
本当に求められているのか、自分が教えることによって双方に益があるかそれとも害が勝るか
(人に教えるより自分の技術を磨くべきときではないのか?)、瞬時に判断して行動を変える必要がある。

何より一番まずいのは、教えるという名目で人を批判することによって自分を価値の高いもののように見せる、
または思い込む行為だと思う。
武道だけの話ではなくて、日常生活でも、仕事の場でも、全ての場において。
それは決して自分を改善の方向に向けはしない。
よそから訪問者がくると良くわかる、居合でも剣道でも、
初段か二段かそこらで自分の道場で「お山の大将」になっている人の剣は、見ればすぐにわかるのだ。

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剣祐

Author:剣祐
剣の修行中。

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