ファイヤー・マーク・ハンティング(パート2)

(パート1はこちら

わかってますわかってます、まだファイヤーマークの写真がひとつも出てきてません。笑
パート1はフィラデルフィアの観光案内でした。(えらい偏ったやつ。)

さて、化学博物館を出て、まだビールの回ったぼんやりした頭でいよいよファイヤーマークを探します。
確実にあるとわかっている建物がひとつだけあるのだが、その建物がどこだったのかがあやふやだ。
カーペンターズホール
ここに、これから探すべき主なファイヤー・マークが二種類展示してあるのだ。(画像クリックして全体を見てください。)
twosigns.jpg

左の4つの手のマークはThe Philadelphia Contributionshipという会社のもので、通称「ザ・ハンド・イン・ハンド」とよばれている。1752年に、ロンドンの保険会社をモデルにベン・フランクリンが消防士らと設立した、アメリカ合衆国最古の成功した保険会社だ。(参考資料
右の木のマークは、1784年設立のThe Mutual Assurance Companyのもの。こちらにも通称があって、「ザ・グリーン・ツリー」と呼ばれる。この会社は、The Philadelphia Contributionshipが「傍に木がある建物には保険を出さない」という決定をしたことを受けて設立された。この会社は、木が傍にある建物にも保険を提供した。
なぜ木にダメがでたかというと、当時の消火ホースは曲がらない金属のパイプだったため、木に囲まれた建物の消火は難しかったから、ということのようです。燃えるから、とかじゃなくて。

これら二つの会社のほかに、フィラデルフィアとその近郊にファイヤーマークが残っていると判明している消防会社は以下の通り。
The Insurance Company of North America、1794年設立。イーグルのデザインで、会社の建物はまだ16th Street とArch Streetの交差点にあるそうです。
The Fire Association of Philadelphia、縦型の楕円の枠に蛇のように見える消火ホースのデザイン
Germantown Mutual Fire Insurance Co. 二つの手が握手しているデザイン
United Firemen's Insurance Co. ポンプ(早期の消火トラック)のデザインで、UとFの字がつくことが多い。
最初の二つ以外のマークはそれほど多くないので、今回見ることはできるでしょうか。

独立宣言ホールのあるこのあたりを抜けて、南に向かいます。
Independencehall.jpg
こんなところもちょっと可愛いでしょ。
alley.jpg
おっ、あったよ。まずは「ハンド」!
hands1.jpg
まもなく「ツリー」も発見。
tree1.jpg
おっ… いや違う。これは何だか、歴史教会加盟建築的なマークですね。
historicsign.jpg
なるほどこういうフックがあって、そこにマークがつけられてるのだな。(多分)
hook.jpg
また「ツリー」発見。
tree2.jpg
発見すると嬉しいのだけれど、ずーっと上を見て歩いているので首がこります。
それから多分、怪しいです。
hands2.jpg

ここでトリビア。
レンガの壁は、よく見ると実際に構造上意義のあるくみ方か、ただ表にはってあるだけかがわかります。
brickwall.jpg
横長のレンガの合間に、短いものが混ざっているのはきちんとした構造物です。短く見えるのはレンガのお尻の面が見えているので、これは中外に積む二層を強化するため向きを変えておいてあるから。
…というのは、家を買うときに不動産屋さんから教えてもらった受け売りです。

さて、またいくつかいきますよ。
tree4.jpg
hands4.jpg

ここでフィラデルフィアの消防の歴史を少々。
18世紀当時フィラデルフィアは人口およそ1万5千人。
そもそも町をデザインしたウイリアム・ペンの念頭には、当時ロンドンで問題になっていた火事を防ぐことが目標としてあったため、ストリートは当時の平均的な幅よりも広く、建物は多くがレンガと石で作られました。
その甲斐あって、1666年のロンドンや1740年のチャールストンのような規模の大火事には見舞われなかったが、努力にも関わらずまだ火事はないわけではなかった。
1730年デラウェア川沿いで大火事が起こる。フランクリンははガゼット紙に、「その夕方風はなかった。良いエンジン(消火ポンプ)と消火道具があれば火事は広がらずに済んだだろう」と書いています。その後イギリスから消火器具が輸入され、皮のバケツ、フック、梯子、エンジンが町のあちこちに設置されたそうな。

さらなる対策として、フランクリンを筆頭とする有志が集まって設立されたのがThe Philadelphia Contributionship、「ザ・ハンド・イン・ハンド」だった。設立当初の契約システムは7年満期で、7年の終わりに掛かった費用を計算して差額が払い戻しされた。

パート1に「自社のマークのない家の消火はしない」という噂についてかきましたが、ファイヤーマークの目的は別のところにあったようです。すなわち、
保険会社の宣伝。
がっかり。

tree3.jpg
hands3.jpg

そろそろくたびれたので、また公園でも通って帰りましょう。
park.jpg

今回は残念ながら「ハンド」と「ツリー」以外のマークは見つかりませんでした。
もし皆さんがフィラデルフィアを訪れる機会があったら是非探してみて下さい。
首はこりますけれども。

おまけ。昔のフィラデルフィアの写真。
Chestnutfrom17th.jpg



文中に挙げた以外の参考ページは以下の通りです。
http://www.phillymag.com/realestate/architecture-design/the-storied-fire-marks-of-philadelphia/ 
http://www.ushistory.org/franklin/philadelphia/insurance.htm






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剣祐

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